すてらでぃあ

人形は四畳半で夢をみる

社会人4年目の20代女性です。 大好きなアニメやゲームのことや気になったことなどをのんびり書いています。

脱八方美人!人目が気になって、言いたいことが言えない私のこと

年越しに、笑ってはいけないを見てから…

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『 イエェェェ~イ!! 』 と

『 海のトリトンよ! 』 が未だにツボっているもっちぃです。

 

もう1か月以上経ったのに、面白すぎて思い出すたびに笑ってしまうw

『 海のトリトンよ! 』の時の言い方が最高。 

そんな話は置いといてw

あなたは、八方美人( はっぽうびじん )という言葉を知っていますか?

八方美人というのは、見た目のことを表す言葉ではなく内面のことを指す言葉なんですよ。

簡単に言うと、誰にでもいい顔する人ですね。

ちょっと言い方悪いかなw

つまりは、空気を読んで合わせてしまう人ですね。

何気なく過ごしていても、人に関わる機会って結構あるものです。

学校や職場、もしくはスーパーなど人が多く集まる場所などでは、1人くらいは見たことがあるのではないかなと思います。


かく言う私も、八方美人なんです。

とはいえ、それを知ったのはつい最近のこと。

人に指摘されるまで、自分では全く気付いていませんでした。

 無意識って怖いものですねw

 

今回は、そんな『 脱八方美人を目指している私のこと 』を書いていきたいと思います。

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必要なのは最善の言葉だけ。人形のように生きていた私のこと

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人と話をするのって、思った以上に勇気がいるものです。

 

どんな風に話したらいいだろう?

言葉は適切だろうか?

どんな表情をしていたらいいだろうか?

私は、人と話をする時には悩んでばかりなんです。

あなたは、どうですか?

 

話をする時に悩んでしまうのは、相手に不快な思いをさせてしまったらという不安があるからです。

しかし、そんな不安も元をたどれば自分に自信がないことからくるものだと私は思っています。

【 八方美人( はっぽうびじん )とは? 】

「 どこから見ても欠点のない美人 」という意味から転じて、

如才ない人( 誰にでも丁寧な人 )、何でも同調してしまう人 のことをいいます。

言葉の意味様から引用

 

私は、昔から自信というものが欠落した人間でした。

友人と話していても、自分の発言というものが信用できないという思いから相槌ばかり打ってしまい自分を主張するということはできなかったんです。

確かに自分で話しているはずなのに、どこか知らない誰かを見ているような感覚でした。

 

今思えば、当時の私は 人形のように生きていた 気がしますw 

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常に人に合わせて、相手が望む言葉を探すことに必死でした。

そこに自分の意志は必要ないのです。

大事なのは、その場における " 最善の言葉を探すこと " だったから。

 

 

最善なんてない。考えることを放棄したことの代償

 私は、いつも誰かに合わせていたんです。

誰かの望む自分でいました。

 

家族の前では、家族の望む自分

友人の前では、友人の望む自分

 他の人間関係でもそれは変わることはなくて、いつしか当たり前のように誰かに合わせるようになっていったんですね。

 

そんな日々が何年も続いたある日。

 私は、何気なく大好きなアニメを見ていました。

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フルーツバスケットという作品。

主人公の女の子が、たくさんの困難にみまわれながらも強く真っ直ぐに歩いていくという青春ストーリーなんですが。

この作品に出会ったことで私の考え方は大きく変わっていきます。

フルートバスケットを見て一番に思ったのが『 羨ましい 』という気持ちでした。

主人公は自分の言いたい言葉を真っ直ぐに伝えることができる性格をしています。

これは、今の自分とは正反対な性格でした。

 

自分もあんな風になれたら…

いつしか、そんな憧れのようなものを抱くようになっていったんですね。

他力本願で何かに興味を示すことすら恐れていた自分にとって、この作品は本当に価値のあるものでした。

 

自分も変わっていきたい

そう思うことができたのは、フルーツバスケットという作品に出会えたことが大きいです。

しかし、ここで自分は驚愕の事実に直面してしまいます。

 

自分のことがわからない… 

他人に合わせて、他人の思う自分を必死に作りげていた私は明確な『 自分 』というものがありませんでした。

私は、何が好きなの?

どんな性格なの?  

どんな時に笑って、どんな時に悲しいと思うのだろう…

 

当時の私には、それを知るすべがありませんでした。

自分の中に残っていたのは、途方もないくらいの虚無感だけ…。

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私は、ちっぽけで弱い自分を守るために自分という存在そのものすら消して生きてきたのだとこの時に実感しました。

 

自分で考えて、自分の言葉で話すこと。

こんな単純なことを繰り返すことがどれだけ重要なのかということを、今の私なら理解することができます。

人として生きていく上で1番重要なことは、常に考え続けること。

自分に子供ができることがあったら、他のことはできなくても構わないからこのことだけは絶対に忘れないで欲しいと伝えたいです。

 

 

自分が思うことを、ありのままに伝えるということ

私は、今でも少しだけ八方美人をしています。

これは無意識でしてしまうもので、完全に治すのにはもう少し時間がかかってしまいますね。

しかし、以前の自分とは確実に違う方向へと歩いていくことができていると思っています。

自分が言いたいことを、思ったままにこうしてブログに綴ることができていますから。

これも、ひとえに同居人のおかげであります。

何もなかった私に、色々なことを教えてくれたんです。

 

アニメが好きなこと。

イラストを描くのが好きなこと。

空が好きなこと。

ゲームが好きなこと。 

誰かと話をするのが好きなこと。

 

同居人と暮らして、毎日話して少しずつ少しずつ…。

自分の好きなものに気づいて増やしていきました。

自分を知る最大の方法は、自分以外の人と話すことでした。

 

私は、自分一人では自分を認識することができません。

誰かと話すことによって、初めて自分はこの世界に存在しているのだと理解することができます。

人に伝えることで、自分のことは知ることができたんですね。

この答えにたどり着くまでに10年くらいかかってしまいました。

大変な遠回りをしてしまったと思っています。

 

しかし、遠回りをして迷った分、迷わなかった人よりも多くのものを得られたと自分では感じているんです。

これからの人生の中でまだまだ迷うことが山のようにあるのだと思いますが、その度に自分で考えて選択して良い歳のとり方をしていきたいものですね。

 

今回のお話は、こんな感じで終わりにしようと思います。

思うままに書くとまとまりがないのが残念なところですが、今の自分ではこんなものですね。

たくさん書いていくうちに上手くなっていけるように頑張りたいと思います( *´艸`)

 

長文になりましたが、最後まで読んでいただきありがとうございました。